事業内容

特集  COP25マドリード会議参加報告

気候危機の緊急性に立ち向かう十分な決意を示せず
日本への宿題は、温室効果ガス排出削減目標の引き上げと「石炭中毒」からの脱却

伊与田昌慶(気候ネットワーク主任研究員)

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COP25マドリード会議 (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019

残念な結果に終わったCOP25マドリード会議

演説するグレタさん
「気候非常事態に関する閣僚級会合」でスピーチするグレタ・トゥーンベリさん (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019
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「気候変動ではなく、気候非常事態と呼ぼう」との呼びかけがCOP25会議場入り口正面の巨大スクリーンに映し出されていた (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019

昨年12月2日から国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)がスペインのマドリードで開催され、15日に「チリ・マドリード・行動の時」と名づけられた合意を採択して閉幕しました。その名前とは裏腹に、各国政府が気候危機に緊急に立ち向かう決意を十分に示せない、残念な結果に終わりました。会議参加者の間からは、「この2週間は何だったのか」という声が聞かれたほどです。

今会合では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告が共有され、グレタ・トゥーンベリさんをはじめ、気候危機を訴える市民の声が会議場内外に響きました。実際、COP25会議場には「気候の非常事態(Climate Emergency)」との言葉が溢れ、これまで以上に科学の警告や市民の要求は明確になりました。

パリ協定実施指針交渉;6条市場メカニズムはふたたび先送り

今会合では、パリ協定実施指針の積み残し課題であるパリ協定6条に関する交渉が行われました。6条には、京都議定書における排出量取引やクリーン開発メカニズム(CDM)のように、ある主体の温室効果ガス排出削減実績を、別の主体が購入して自分の排出削減目標の達成に使えるようにする仕組み(いわゆる市場メカニズム)が盛り込まれています。ところが、この詳細なルールは未定のままでした。

6条について争点になっていたのは、いかに環境十全性を保つかということです。一部の国は、排出削減実績を取引する際にそのダブルカウントを容認することや京都議定書時代に余った排出削減クレジットを2020年以降へ持ち越してパリ協定のもとでの目標達成に使えるようにしたいと強弁しました。しかし、これを認めれば、実質的な排出削減努力を目減りさせ、「排出削減をある程度サボって良い」というお墨付きを与えてしまいます。多くの国は、そのような事態を防ぐために強い姿勢で交渉にあたりました。その結果、会期を2日も延長しながらも合意はならず、COP26グラスゴー会議に先送りする形となりました。

パリ協定の実施指針づくりが目指されていたCOP25が、その目標を達成できずに終わったことは残念です。しかし、変に妥協して抜け穴のある合意をするよりも先送りをするほうが望ましいという声は少なくありません。今後も、環境十全性をまもるための交渉が必要です。

野心引き上げを促すメッセージも不十分

また、COP25では、パリ協定の1.5〜2℃目標を達成するために、国別約束(NDC)における温室効果ガス排出削減目標の引き上げ(野心の引き上げ)をし、2020年の早い時期に国連に再提出するよう求めることも重要視されていました。科学によれば、現在の各国の不十分な排出削減目標のままでは気温上昇は約3℃にもなります。1.5〜2℃未満をめざすなら、目標の引き上げは避けられません。

しかし、この点についても、COP25合意では十分に踏み込めませんでした。2020年中にNDCを強化する強いシグナルが必要だと多くの積極的な国が主張したにもかかわらず(残念ながらその中に日本は含まれません)、一部の国が抵抗。合意文書に、2020年に最大限野心を引き上げるよう奨励するという文言は入ったものの、「非常事態」とのかけ声とは不釣り合いな、控えめな結果に終わりました。

COP25の結果がどうであれ、科学は明確です。パリ協定の1.5℃の気温上昇に抑えるために残された時間はあと約10年しかありません。各国は、パリ協定1.5℃目標に沿うようにNDCを引き上げ、2020年中に再提出する国内プロセスに最優先で取り組まなければなりません。

日本への宿題① 温室効果ガス排出削減目標の引き上げ

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COP25閣僚級会合でスピーチする小泉環境大臣 (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019

2019年9月の国連気候行動サミットなどを通じて目標引き上げの必要性が国際社会で広く共有されるようになり、このCOP25までにNDC引き上げの意思表明をした国の数は83になったそうです。一方、世界5位の大排出国である日本は、目標引き上げについて沈黙を保っています。科学者グループの分析によれば、日本の排出削減目標の水準はとても不十分で、すべての国が日本並みの努力しかしない場合、気温上昇は約3〜4℃になります[i]。日本にとっても、国連事務総長が求めるように、排出削減目標の引き上げはマストです。

日本の国内事情として、「エネルギー基本計画の再検討のタイミングがまだ先だから排出削減目標の見直しもしばらくできない」という声も聞こえてきます。しかし、それはいかにもお役所的な言い訳に思えます。小泉環境大臣の「我々は脱炭素化に完全にコミットしている」との言葉が真実なら、役所の慣例にとらわれずに気候目標検討の優先順位をあげ、やると政治的に決断すべきです(そもそも、日本の気候エネルギー政策のサイクルが、パリ協定の政策サイクルに合わないまま放置されていることがおかしいのです)。

今回、チリに代わって、スペイン政府が開催1ヶ月前に数万人規模のCOP25を開催できたのは、政府として優先順位を引き上げて取り組んだからでしょう。日本も、オリンピックのことになれば官民ともに優先順位をあげて数々の無理を通してきたではありませんか。なぜ気候変動対策についてはそんなに慎ましやかなのでしょうか?

日本への宿題② 最大のCO2排出源・石炭からの脱却

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日本はCOP25で不名誉な「本日の化石賞」を2度にわたって受賞した (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019

もう1点は、最新の高効率技術を用いたとしても天然ガス火力発電の2倍ものCO2を排出する、最大のCO2排出源・石炭火力発電からの脱却です。COP25前に発表された国連環境計画(UNEP)の排出ギャップ報告書では、日本を名指しで、石炭火力発電の新設をやめること、2030年までにフェーズアウトすることを勧告しています[i]。石炭火力発電から脱却する意思を示せない日本に対して、世界120カ国の1300団体からなる気候変動NGOネットワーク「CAN」は、不名誉な「化石賞」をCOP25で2度も贈りました。また、日本の国際協力銀行(JBIC)や国際協力機構(JICA)が関与する石炭火力発電事業によって環境破壊や人権侵害の影響を受けている途上国の人々は、COP25の会議場前で日本への抗議アクションを繰り返し行いました。また、グテーレス国連事務総長は、温暖化対策の10の最優先事項の一つに石炭問題をあげ、「(石炭火力発電は)1.5℃に向けた唯一にして最大の障害」と発言しました。

COP25の2週目に会場入りした小泉環境大臣は、閣僚級会合でのスピーチで「『石炭中毒』との批判は日本に対するものだと受け止めている」と話しました。COPの閣僚級会合の大臣スピーチでこのように石炭の問題性と日本への批判を公に認める発言をしたのは初めてです。記者会見でも、大臣は「これまではCool Japan(クール・ジャパン)ではなくCoal Japan(石炭日本)と呼ばれたが、これがRenewable Japan(再生可能エネルギー日本)に変わるように全力を尽くしたい」と語っています。しかし、いつ、どのように脱石炭を進めるのかは明言されず、「これからも政府内の調整に努力する」と述べるにとどまりました。

日本政府全体として批判に向き合うのなら、速やかに脱石炭の意思を示し、その政策プロセスに着手する必要があります。途上国向けの石炭火力発電事業への支援をやめるだけでなく、国内で計画が進む石炭火力発電所の新増設を止めるとともに、既設のものも2030年までにフェーズアウトする計画[ii]を政府としてたてるべきでしょう。

気候変動の加害者であり、被害者でもある日本。COP26グラスゴーまでに宿題をこなせ

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COP25会議場前では、日本の安倍首相に対して石炭事業への公的支援を止めるよう求める抗議アクションが連日行われた (c)Masayoshi Iyoda, Kiko Network 2019

COP25でドイツのNGOジャーマンウォッチが発表した新しいレポート「世界気候リスクインデックス」[i]の、2018年に最も気候関連災害によって被害を受けた国のランキングでは、日本が第1位となりました。産業革命以降の気温上昇が約1℃の現在でも死者数1282人、経済損失は358億米ドル(約4兆円)という被害で、これが3〜4℃上昇となったらどうなってしまうのでしょうか?その被害の深刻さに向き合えば、日本が世界で最も気候変動対策に熱心な国であっておかしくないはずです。日本が大量の排出によって世界中の人々を苦しめている責任を考えればなおさらです。

もはや猶予はありません。日本政府は、少なくとも上にあげた宿題をこなして、COP26グラスゴー会議に臨む必要があります。地域にねざして活動する市民や自治体、企業としても、気候危機に向き合い、脱炭素の本質を捉え、腰の重い政府にこれまで以上に強く働きかける必要があるのではないでしょうか。

[i] Global Climate Risk Index 2020 https://www.germanwatch.org/en/17307

[i] Emissions Gap Report 2019 https://www.unenvironment.org/interactive/emissions-gap-report/2019/

[ii] 提言レポート「石炭火力2030フェーズアウトの道筋」 https://www.kikonet.org/info/publication/coal-phase-out-2030

[i] Climate Action Tracker https://climateactiontracker.org/countries/japan/