事業内容

第11期推進員活躍中!「農業をすることは、 地域の人や環境を守ること」井上保治さん

井上保治さん
井上保治さん

亀岡で始まったカーボンマイナスプロジェクト。
これは、もみ殻や放置竹林などの未利用バイオマス資源を炭にして、田畑に撒き、土壌改良しながら大気中のCO2を減らす取組です。
そこで育った野菜やお米は環境保全価値のある「クルベジ」というブランド名で販売されています。

井上さんが会長をつとめる「亀岡クルベジファーマーズ」は、令和6年度地域環境保全における環境大臣表彰を受賞されるなど、注目されています。
https://www.env.go.jp/press/106854_00002.html

クルベジの表示。亀岡クルベジファーマーズwebサイトより

40歳で脱サラをして地元に戻り、亀岡で農業を始めた井上さん。

「農業で生活をまかなっていくのは大変です。でも、自分で作ったものを自分で食べられるというのはとても魅力的。それに、田舎では自分が工夫してがんばった分の成果が見えるんです」

クルベジ(農地への炭素貯留)の取り組みと、亀岡で初めて設置されたソーラーシェアリングについて、井上さんに伺いました。

●企業からも注目されている「クルベジ」

「省エネやごみ削減は、色々な立場の人が取り組めます。でも、炭素貯留はやりやすい人が限定されます。農業や林業などです。米農家が協力すると、田んぼの面積が大きいので炭をたくさん入れることができます。一定量の炭を土にすきこんで炭素貯留した分をJ-クレジットとして取引することも可能です」。

(J-クレジットとは、省エネや吸収して減らしたCO2の量を認証し、取引ができる国の制度。詳しくは※1を参照。)

竹林整備で出てきた竹、剪定された枝、もみ殻など(未利用バイオマス)を放置して腐らせたり、ごみとして普通に燃やしてしまうと、大気中にCO2が戻ります。しかし、炭にして田んぼや畑にすきこんだ分は大気中に戻りません。

クルベジは一石三鳥。亀岡クルベジファーマーズwebサイトより

最初は竹林整備のボランティア活動で出た竹を炭にして利用されていたそうです。しかし、ボランティア活動で出る分だけでは一定量を確保することが難しく、炭の購入もされています。
また、クラウドファンディングで「もみ殻の炭化装置」を導入されました。

「もみ殻は必ず出るものなので、これで活用できます。本当は、もみ殻炭よりも竹炭の方が、炭素がたくさん含まれているので効率は良いのですが。いずれにしろ活動を継続するためには経済的に回る形にする必要があります」。
もみ殻炭は家庭菜園でも重宝されているそうです。

もみ殻炭化装置と、炭化前後のもみ殻

「クルベジの取り組みは企業からも注目されています。問い合わせも増えてきました」と井上さん。
昨年(2023年)はユニクロとのコラボもあったそうです。篠から大井にユニクロの店舗移転があった際のオープニングイベント抽選会で、クルベジのお米がプレゼントされました。

「企業の環境部署も変わってきていますね。今までは担当さんが熱心でも、会社としては儲かるかどうかで判断されることが多かった。環境活動をすると企業活動が低下するのではという考え方が多かった。
でも今は、環境活動をもう一歩先まですることが企業の信頼につながる、という考え方になってきています。海外やヨーロッパを見据えている企業にとって、≪人権≫と≪環境≫はマストです。
今後、日本の人口減少に伴って海外での活動を視野に入れる企業は増えると思います。そうすると、環境活動をしていないと市場に入れなくなる」。
例えば食品を扱う企業が食料残渣を炭化し固定・貯留することができると、環境貢献しつつ廃棄物処分のための「費用」「エネルギー」の両方を減らすことができます。

昨年、井上さんの田畑で固定したクレジットは、京都の企業が購入。従業員の通勤時に排出されるCO2を削減されるために使われたそうです。
「カーボンマイナスについて、ここ1年ぐらいでぐっと企業の注目度が高まってきています。クルベジはどれだけ炭をすきこんだかで炭素貯留の量がきっちりと計算することができます。そこは強みですね」。

炭をすきこむと外からはほとんど分かりませんが、表面に残っているものも

●農業の価値を高める

井上さんがクルベジの活動を始めたきっかけをお聞きしました。
「立命館大学の柴田晃先生(社会学者)と当時亀岡市役所にいた田中秀門さんが、クルベジ活動の協力を農家に呼びかけられていて、そこに参加しました。クルベジは、人口が減り荒廃が進む田舎にお金を戻すことができないかという構想から始まっています」。

農作物に環境保全の価値づけをして、クレジットも利用できる。もちろん炭を土壌に入れるためのコストも手間もかかりますが、クルベジを評価して選んでくれる人が増えれば、価値を高めていくことができる、と井上さんは言います。

「炭は活用方法が3つもあります。まず、炭(燃料)として売る。次に、J-クレジットとして環境価値を売る。それから製造過程でエネルギーを作り出す(熱利用、ヒートポンプ式の冷暖房など)。
今、色々なものを炭にすることができるんです。例えばペットボトルを炭化することも可能です。日本には炭文化があったが失われてしまった。もう一度それをつくって、クルベジを広めていくために大きな仕組みを構築できればと思っています」。

生ごみコンポストも管理がうまくいけば良いけれども、もし臭いの問題が出るのであれば、炭化するという方法も考えられる、と井上さん。

右にあるのは炭を作る装置

クルベジに取り組んでいる農家さんは全国にいらっしゃいます。日本クルベジ協会や大学の研究会などで情報交換されています。また、立命館大学に「日本バイオ炭コンソーシアム」という団体があり、全国的な活動をしています。
https://www.ritsumei.ac.jp/research/brc/BC/

京都府内では、亀岡の他にも南丹市クルベジファーマーズが立ち上がりました。井上さんも活動のサポートで関わっておられるそうです。

「亀岡では、ちょっとだけ先行して活動ができています。先行事例を作り、それを広めていきたい。カーボンマイナスとなるクルベジの取組は、日本全国どの畑・田んぼでもすることができるんです。特定の作物や栽培法は、気候などの条件が合うことも必要ですが、炭素貯留はどの土地でもできる。
今後は農家も人手不足で集約化が進んでいくと思います。そうすると、広い面積を担っている農業者がちょっと協力をすることで、炭素貯留できる量もぐっと増えてくると思います」。

●亀岡で初めてソーラーシェアリングを設置

2016年に、井上さんは日本クルベジ協会と協力して、亀岡市で1番目となるソーラーシェアリング(営農型太陽光発電所)を設置されました。
ソーラーは530kWで、一般住宅の120世帯分ぐらいの電気を作れる計算(※2)となります。

当初は、環境ということだけでなく、ソーラーシェアリングが農業の起爆剤になればという思いがあったとのこと。将来は人手不足も見込まれるなか、農業も転換を考えていかないといけない、例えば、ソーラーの収益を農作業に必要な建物や機械等の維持管理に充てられないか、と考えていたそうです。

「営農型太陽光発電の場合、パネルの下で作る作物の収穫量は8割が求められています。これが厳しい。私が始めたときはまだ先行事例もとても少なかった。木漏れ日でできるのはミョウガや原木シイタケ、榊など。実は榊は9割が中国からの輸入です。国産のものが良いという方が一定おられるとのことで、ここで育てて知り合いの花屋さんが剪定や販売をしてくれています。
原木シイタケも少しやってみたのですが、春と秋にできるはずなのに、きのこが成長する温度の幅から実際の気温が外れてしまってなかなかできません。ハウス栽培ではなく原木シイタケを作っている人には実感いただけると思うのですが」。

原木しいたけ

また、5~6年前の台風で、一部パネルに破損が出たこともあるそうです。
「あのときは、このあたりも20時間ほど停電になりました。その後、台風のたびにお店の乾電池などが売れているようです。防災意識も少し変わってきた。電気に頼り切ってはいけないですね。」

最近は、世間的にも、経営の視点だけでなく環境の視点で「農地にソーラー、いいね」となってきていると感じるそうです。
「でも、いまはFITの単価が下がってきています。もしこれからするとしたらPPAでの設置を検討したほうが良いかもしれません。他にも、ペロブスカイトが実用化されたら太陽光を両面にして(地面からの照り返しの光も発電に使用して)効率を良くするなど、やり方はうまく考えないといけない」。

(PPAとは、初期費用を負担せずに設置する仕組み。詳しくは※3を参照)

実際にソーラーシェアリングをやってみることで、パネルの下で農作業がしやすい幅や高さ、作物によって遮蔽率を考えるなど、いまならわかることも色々とあるそうです。
(農水省にも様々な事例が紹介されています。※4を参照)

●活動の原動力

農業だけでなく、行政の委員会や、自治会の地域づくりの活動、農家組合の役員、亀岡市の有機米栽培のサポートメンバーなど、さまざまな活動をしてきている井上さん。

「お米農家は水をたくさん使います。地域の水を共同で使う。そうすると、地域の他の人たちや自然のことも、地域社会のことも大切になる。地域のレベルを一定に守らなければならないと感じます。
自分を守ることは、周りの人を守ることでもあるし、地域の環境を守らないと農業も守れない。
農業をしていてもしっかり子育てができて、子どもを大学にやれるようでないといけないと思います。
色々な活動をしていてバラバラに見えても、自分の中では全部つながっているんです」。

日本では安くておいしい食べ物が簡単に手に入ります。でも、その安さはどこかにひずみがあるからでは?と井上さんは問いかけます。
日本の食料自給率は先進国の中では低い。でも、農家がしっかり儲かるようにならないと農業をする人も増えない。日本全体で少子高齢化が進む中、農業でも、これまで10人で担ってきた作業を5人でこなさなければならない時代がすぐに来てしまう。
地域の良さは残しつつ、新しいことにどんどん挑戦する井上さん。いま取り組んでおられるのは「炭素貯留+乳酸菌で作るお米」、「炭素貯留+乳酸菌+有機米」だとか。

乳酸菌で作るお米になる予定の苗(田植え直前)

「優秀な人が田舎で活躍できるようになってほしいし、地域のことを考えてコーディネートできる人が増えてほしいですね。大人って、なかなか自己投資する方が少ない気がします。でも、勉強したり何かを新しく始める人はいきいきしていますよね。
田舎では、自分でやったことの結果がわかる。10年間がんばれば、10年分の成果が見えます。そこが面白い。
農業で、自然豊かな地域を守ることができます。
エネルギーも食も、海外からの輸入に頼らないようにしたいですね」

(※1)J-クレジット制度とは、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度。
・参考:農林水産分野のJ-クレジット制度[農林水産省ホームページ]
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/climate/jcredit/top.html
・参考:国内初!バイオ炭によるJ-クレジット制度プロジェクト登録のお知らせ[日本クルベジ協会ホームページ]
https://coolvege.com/topics/2022/267/
(※2)京都府温暖化防止センターにて試算。
1世帯の年間使用電力量は4175kWh。
(環境省HP https://www.env.go.jp/earth/ondanka/kateico2tokei/energy/detail/01/
1kWシステムで、年間約1,000kWhの発電量(もう少し細かい試算で1,183kWh/kW/年)
(太陽光発電協会HP https://www.jpea.gr.jp/house/merit/
530kW×1,000kWh/年=530,000kWh/年。530,000kWh/年÷1世帯4.175kWh=126.9世帯分。
(※3)PPA
PPAモデル(Power Purchase Agreement。直訳すると電力購入契約)とは、電力の需要家(企業や自治体、自宅など)が所有する建物の屋根や遊休地をPPA事業者に貸し、PPA事業者が太陽光発電設備を設置します。需要家は使用した分の電気料金を契約した期間PPA事業者に支払うことで、初期費用を負担せずに再生可能エネルギーを使うことができる仕組みです。発電設備の所有者が需要家ではなくPPA事業者という第三者になることから、「第三者モデル」とも呼ばれています。
(※4)農林水産省:営農型太陽光発電について
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/einou.html

(2024年7月8日作成)